昨日は赤坂にて外れスキルのオンライン編集。その前に少し早くついたので双子のライオン堂で本を物色する。
色んな人の選書で構成されているという少し変わった作りの本屋で小さいながらも面白い本屋である。
一つお目当ての小説があって、それを探しに行ったのだけれどパッと見つからず(店主に聞けば良かったのだが、タイトルも失念していた)結局違うものを幾つか手に取る。
宮崎智之の「平熱のままこの世界に熱狂したい」は少し前に文庫が出ていて読んでみたいと思っていたのだけれど、判型が違うような…表紙も違うような…しかしタイトルは合ってるしなと買ってみたら、最初に出た単行本の方だった。
何で文庫を置いていないかったのかと仕事先の編集室で待ち時間にパラパラとめくっていたら表紙裏にサインが入っていてサイン本だからか、と納得した。文庫には吉川浩満、山本貴光、両氏の解説が入っているはずでそちらも読んでみたかったのだが。
読み始めてみると、思いの外、いやかなり面白く、編集室で3分の1くらい家に帰ってきて残りをさらっと読んでしまった。
何かしら本を取り上げてあるエッセイで、しかし軸は本とは殆ど関係がない私的な内容で、なぜか今の自分の関心などと重なるところが多く響くものがあった。
アル中だった頃の話、コロナ禍での子供の出産の話、など取り留めないようでいて全体と個について色々な形で語られていて考えさせられた。
全体と個はコロナ禍以降特に一直線につながって語られがちだが、それは危険だ、と私も思う。
しかし全体と個を切り離して考えることもまた難しい。
そんなこともあり、最近小説が読みたくて町屋良平の新作と陳柔縉「高雄港の娘」も一緒に購入。
町屋良平はこの前初めて芥川賞をたおった作品を読んで面白かったので新作を「高雄港の娘」は原題が「日本の統治時代の台湾」で頭をチラッと読んだだけでも凄く面白い。
読みかけの本は沢山あるのだが…。年末に読む時間が取れるだろうか。
そして今日は自分がいかに人の顔が覚えられなくなっているのか痛感した。ああ…許したまえ。
2024-12-06