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ストリーボード作成で学ぶ演出(のための準備)【09】ざっくりアイデアまとめ

ゆるゆると、若い子に演出を教えるというプログラムが始まった。
全員演出志望というわけではないが、演出の技術はどの部署でも役に立つだろう。

本当は誰かに教える準備のためのメモのつもりだったけど、そのうち教えたことをメモするようになるかもしれない。

順番はどうあれ、メモしておけば役に立つだろう。

しかし、教師の仕事のハードさを最早感じている。
自分の勉強が追いつかないので、時間を空けつつ教えることになってしまいそう。

教えることも無限にある。
けれど、詰め込んでも使えないと思うのでどこまで教えるかは悩ましい。

☆ストーリーボード作成で学ぶ演出☆

【ここで学ぶ演出の定義】
演出といっても様々なフィールドに演出家はいて、アニメーションの中でさえ様々な表現形式があるが、「物語の演出」に絞って教える

◯大まかな区分
「歴史・理論など(座学)」と
「絵コンテ作成、擬似演出(実践・仕事へ直接つながるもの)」
の2つに分ける。

2つは絡み合っているので何をどの順番で教えるか特に座学は一考。

【座学】のアイデア
1)演出の歴史:舞台芸術の演出を物語の演出の源流と考えた歴史
2)演出の役割:舞台芸術の中から生まれてきた演出が実際どういった役割を担っているのか演出業の解題
3)表現の基礎:人にものを伝えるとは一体どういうことなのか。演技について実際に体を動かしながら考える(ボールのゲームなど)
4)映画理論の概要:映画の理論の歴史、大雑把な理論の理解、理論と実践の関係
5)映画文法:構図(カメラの高さ、対象の大きさ、カメラワークetc)、コンテュニティ(イマジナリーライン、運動)*絵コンテ作成と並行しながら
6)光学的な撮影技術について:レンズの話とか
7)透視図法:うーん…現状知識不足、実践で擬似レイアウトチェックなどと絡めながら。
8)物語論:これも知識不足だが、脚本技術系の本はあまりにも偏っているので違う切り口で。
9)フィクション・リアリティ:だいぶ独自理論になってしまいそうだが…
10)認知心理・視覚:フレーム(注意の問題)についてとか、変化盲、存在の永続性など映像文法の基礎の部分や応用できそうな事柄について
11)精神分析:東畑開人を足がかりに、人間お心についてや登場人物の心理の理解について、また観客の心理について。
12)アニメーションの歴史:商業以外のアニメーション含めて
13)実際のアニメーションについての技法について。用語の知識など。(歩きの中割りについてなどの作画についての知識、フォローなど撮影技法についての知識)*どうもここを忘れてしまいそう。
14)作品鑑賞:実写もアニメも

*全体を基礎と仕事の実践のレベルで大別。細かく要素の順番は、わかりやすくなるように考える。

【実践】のアイデア
絵コンテ作成を軸としつつ手を動かしながら映像文法などを学ぶ
実際の仕事の疑似訓練をする

1)絵コンテ
◯一本道・少人数のストーリーから始めて多人数の会話などテーマを題材を決めて。(赤ずきんから始める予定)
◯基本のストーリテリングが出来るようになってから、プロに求められる要素(作品の志向に合わせる、予算に収めるとか)について考える。
2)自身で作成したコンテ素材を使ってコンテ撮の簡易な映像を作ってみて、イマジナリーや編集、アフレコを体感して見る。
3)擬似レイアウトチェック:既存の素材を使ってレイアウトチェックを体験する。
実際のアニメのに使えるような素材を作りつつ作画、撮影技法について学ぶ。
4)音楽ラインを引いてみる

この辺までできれば、もう仕事できるんじゃなかろうか。
実際の作画、撮影知識を教えるのは難しそうだ。
そこはOn the Job Traningでやるしかないか?

使用する機材やソフトをどうするか。
機材は何とかスタジオが調達してくれそうだが、編集ソフトはDaVinci Resolveなんかが使えるか?

何か抜けてるものがあれば、後で加筆。

アニメの教科書的なものを読んでみたほうがいいかも。
抜けを確認する意味で。

細かな問題は色々あるが、ざっくりまとめ。
もっと詳細なアイデアは項目ごとにメモしていく。

ツッコミ、意見がある方はコメントフォームからください。
(スパムの管理が面倒なんで普通のコメントはオープンにしてない)

はじまった【2026年07月12日】

ついに新人演出育成がプロジェクトが始まった。

相手は演出志望の若い制作3人。

初回は何をやろうとしているかの説明と、ざっくり演出家の歴史や仕事内容の説明をする。

学生時代は映像の勉強をしてきたわけでは無いようなので、基本的なことはなるべく教える必要がありそうだ。

基本的なことってなんだ?
それを絞るのも結構難しい。

実践はコンテを作って、それを利用しながらやれることが色々ありそうかなと思っている。

初回はそこそこ楽しそうに聞いてくれたんではなかろうか。

しかし隔週でもネタを調べたり、考えたり準備をするのはなかなか骨が折れそうだ。
世の中の教師たちを尊敬する。

最初は特にゆったり進めないとこちらの準備が間に合わない。

週末は来週の準備。

そして急激に暑くなって、体調崩しそう。

スリラー【2026年07月07日】

自分でチケットを買って映画を見たのはもうたぶん1年以上前。

今は面白そうな映画が、まあまああって、はて何を見ようかと悩む。
急に具合が悪くなる、は3時間超なので体調がいい時でないといく気にならない。

スターウォーズ・マンダロリアンはもう世界観が広がりすぎて追いかける気力が若干萎えている。

トイストーリー5は4を見ていなくても分かるだろうか?と躊躇う。
4も何年も前で見ていても忘れていそうだが。

ケロロはチケット持っているのでそのうち観に行こうとは思うが、久しぶりの映画なので仕事が絡んだものは嫌だ。

ということで、マイケルのドルビーアトモスへ行くことにする。

ついでになので、映画の前に園芸店にって植物を見繕うこととする。
冬に作った寄せ植えは暑さでだいぶ草臥れてきた。

近所の園芸店に行くのも久しぶり。
夏は園芸的にはオフシーズンなので、草花の種類はそう多くはない。

しかし目当てだったルドベキアの他、幾つか買い物かごに突っ込む。
買い物途中で、植物を持ったまま映画に行くということに気づき、背の高い植物を買い込むのを思い止まった。いやルドベキアは充分背が高いのだが。
数も少し我慢。

そこそこ買った植物たちを手に映画館へ。
スリラーのMVを真似てポップコーンを買うべきか迷ったが、直前に食事をしていたので断念。

映画は楽しめた。

ジョセフが幼いマイケルの尻を叩くシーンはホラーだが、他はずいぶん抑えて描かれているのだろうと察する。
アトモスだったのでライブシーンは低音も鳴って心地よい。

初めてのモータウンで歌どりのシーンで、ヘッドフォンを頭にはめるときのSE(効果音)が妙にハマっていて印象的だった。

主演の男の子が甥っ子なのだということは家に帰ってSNSを見て知ったが、確かに雰囲気が似ている。

和田唱がうるさがたコメントを書いていてなるほどと、思ったがライブシーンの音源は当該のライブのものではなかったらしい。
アトモスでいい感じに広げられていて音質も良さそうだったので音源はどうしたのだろうと持っていた。
どういう事情で別のライブ音源が使われたのかわからないが、権利か録音状態か何か仕様に瑕疵があったのだろう。

歌どりの時の音源も当時のものがしっかり残っていたのだろうか?
どこかに解説があれば読んでみたい。

60〜80年台までのマイケルが非常にざっくり描かれていたわけだが、私もその時代を生きていたので昭和の空気感が思い出されてなんとも言えぬ気分になった。
良くも悪くも狂っている時代。

細かいことはともかく、映画館の大音量でマイケルの歌が聴けるのは楽しいと思う。

しばらくはちょこちょこ映画を観る時間がとれるとおもう。
次は何を見ようか。

最終回【2026年07月02日】

プリプロ(脚本造りなど、実際の映像制作に入る準備段階)から数えると2年半くらいレプリカに関わっていたわけで、頭の方は他の仕事も被っていたと思うけど、ほぼみっちりレプリカを作っていたせいか、終わったという実感が実は無い。

あと半年くらいは余韻が抜けない気がする。
単に疲れが抜けてないだけ…かもしれない。

意図せずなのだが自分らしさが出た作品になった。

絵コンテは4話分担当、演出もラスト2本を担当(12話は引き継ぎだったのだが)音響監督も兼任ということで、若干ふらふらになりながらも何とか走り切れてホッとしている。

スタジオはまだ若く、安定していないがやる気に満ちていて、おじさんが付いていくには少々きつかったけど、刺激と清々しさがあった。

とくに9話の飯田悠一郎くんは、私などとても真似できない恐るべき勤勉さを発揮していて、まだこういう人がいるのかという感動を覚えた。


作品への自分の興味としてはグリーフ(悲嘆)の部分にあった。
青春の嬉し恥ずかしや可愛い部分については、自分では判断つかずなるべく原作の描写に沿ったつもりだったのだが、上手くいっただろうか。

素直の物語をもう少し描ければ良かったなと思いはするが物語で使える時間は限られているので致し方ない。

諸星すみれちゃん(ちゃんと呼ぶのが憚られる立派な大人だけれど、もう一生すーちゃんと呼んでしまうと思う)と仕事が出来たのも大変感慨深かい。

音響監督の仕事はいい経験になった。
果たして私の演出はどうだったのか、諸星、高田の両氏に聞いてみたが分かりやすかったですよーと優しい言葉をいただいた。
社交辞令であってもホッとしている。

もちろん2人は新人音響監督の安心の要であった。

鈴木崚汰くんも素晴らしく、私の説明を真摯に聞いて考えてくれた。


音楽ラインを自分で引けたのが凄く楽しかった。
かなり長めに音楽は使ったので、本編で聴けない部分は比較的少ないと思う。

発注の時の想定も初めてにしては、及第点だろうか。
はらさんの音楽が良かったのでなるべく編集せずに使いたいと思っていたものの映像の尺が上手く合わせられなかった箇所もある。
逆にぴったりはまったところも。

テレビシリーズは駆け足になりがちなので塩梅は難しい。

もう一回くらいは音響監督をやってみたいかな。


さて、これでしばらく監督業は休憩になりそう。

ゆっくり出来るかは微妙なのだが…。

多少の時間はあるはず。

総会【2026年06月29日】

土曜はアイカツ好きというイラストレーター夫婦と食事。

神泉の静かな創作日本料理店で。

結婚式でアイカツの曲を使ってくれたりと、よほど好きらしく嬉しい。

私以外の人とは面識があるので、もっぱら私の話をするような会になってしまったけれど楽しかっただろうか?

日曜は私が代表理事になってから初めてのJAniCAの会員総会。

前日の台風の影響も特になく会場入りの時少し雨が降っていた程度。
今回は三鷹での開催だった。

毎度、委任状を集めるのには苦労していて皆さん忙しいこともあり、まあいいかと流しているのだろうが一般社団法人は社員総会が開催されないと予算が執行出来なくなったりで業務に大きな支障が出るのである。

委任状には本人の自署が必要だったため、主にはハガキで集める必要があり最近は郵便事情の悪化も加わって返信に時間がかかっていたことも問題だった。

最近、法改正で電磁的方法、オンラインで委任状を募ることが可能になった。
なので来年からは、もっと楽に委任状のやり取りが出来るはず。

議決権を持っているのは有料の会員なので500人くらい。
それでもずいぶん増えた。
無料の会員を含めると1500人ほどになったはず。
JAniCAは主にアニメーターと演出の団体なのだが、業界会員という他の職種の方もいて、それも含めると1600人弱、さらに別業種の準会員も含めると2000人弱とまあまあの会員がいる。

議決権を持っている人が全部集まると、かなり大きな会場が必要になるのだが、まあ集まる人は少なくて何十人か入る会場で良くも悪くも事足りてしまう。

理事の他に2、30人くらいは集まって欲しいところだが皆んな忙しいのか興味がないのか。

外から見ていると何をやっているのかよく判らないというのは確かにそうだろうと思う。

今はとにかく行政とのやりとりが多い。
業界の状況を伝える窓口のような役割と、文化庁で人材育成についての研究事業をやっているのでそこへの人材派遣。
業界の他団体との連携。
報道機関からの取材対応など。

地方でアニメ関連の事業をイベントなど行っている人が協力を求めてくることも多い。

色々な形でアニメは注目を集めているが、企業以外の窓口は多くないのでJAniCAへのお尋ねは多いと思う。

今後も何が飛んでくるのか分からないが、こちらの人手不足感は否めない。

とりあえず出来る範囲の対応をするしかない。


ゆるゆると出来ることを増やしていきたいとは思う。

久しぶりの園芸店【2026年06月21日】

やっと少し仕事が落ち着く。

が、本格的に新人の演出を育てるという計画が動き出すようなので準備をしないとまずい。
多少時間が必要なので、しばらくはゆるゆると出来ることをやるしかない。
あとで整理しないと。

久しぶりに園芸店に行ってエキナセアを幾つか買ってきて植えてみた。
とにかく水をやりすぎないように気を付ける。
丈夫な筈なのに、ことごとく枯らしてきたので。

スカビオサ、ガザニアは暑さに耐えられず枯れた模様。

ヘリアンサス・レモンクイーンは植え替え時期を完全に逃して鉢から抜き取れなかったので新しい陶器鉢は鉢カバーにした。
風で倒れなければ良いので用は足りるのだが、根がパンパンに張っているので調子が悪くならないことを祈る。

アガパンサスはファイヤーワークスは沢山花芽をつけた。去年の倍くらい?
ブラックマジックの方は今年も咲かない。
主軸を間違って切ってしまったのが痛かったのかも。

モッコウバラの下のセージは全然大きくならず。
日陰だからだと思われる。
ホスタなら育つはずだが、他のものも探ってみたいところ。


ワールドカップが始まる。
地上波ではあまり放映がないので、日本戦以外はあまり見られない。

初戦の対オランダは先行されては追いつく展開で少ないチャンスをものにしていた。
随分日本のサッカーも強くなったもので、歴史を感じる。
アニメ業界もちまちまと改善していくしかない、と同じ日に受けた新聞取材の受けながら試合を思い起こした。

新聞の記者は結構なオタクらしく、退職前に好きなことを取材したいと申請したら通ったというようなことを言っていた。

はて、私はどうしたものか。
若い演出を育てるのは少し楽しみ。
演出としては何が出来るのやら。

鏡リュウジ・東畑開人「昼間のスターゲイザー」読了。
占いは現実の複雑さを縮減させるための道具だと言われるとなるほど納得。
ホロスコープも複雑な宇宙を整理したイメージなのだと。

娯楽としての占いは面白そうだなと、最近関心がある。
占い師の話は作ってみたい。
占いは当たっても当たらなくても何か心を動かされて一喜一憂しそうで苦手だったのだが、もっと気楽に楽しむ心持がありそうな気はする。

占い師は占いをファクトにして権威化してはいけないという話は自分のような演出家にも当てはまりそう。
細木数子は、権威化したパターンの一つかもしれない。
権威化すると大体持たないという。

ユングと占星術は互いにかなり影響し合っていたというのは知らなかった。

占い面白い。

しかし、しばらくは演出教えるための勉強に専念しないといけない。

結構寒い【2026年06月07日】

急に暑くなったと思ったら、また肌寒い日がやってきた。
寒暖の振り幅が大きいと体調を崩しがちなので勘弁してほしいが、何事も極端な世界になりつつあるのか。

昨日はyakusyuでのダニーさんの還暦祝いに少し顔をだした。
私も来週55なので5つ違いなのだなと。
特撮、アニメ、音楽と幅広く知っていて、いつも感心。
自分の知見のなさを知る。
そして元気でやってるのが、何より。


どうも本当に新人演出を育てる機会を得られるようだ。
全然準備ができていないので、今月後半は頑張って勉強しないといけない。

割と時間もゆるりと考えているようなので、色んなことが教えられるかもしれない。

理論と実践(OJT的な)の両輪で。
実践はコンテを描きながら演出について学ぶ、というのを主にするつもり。
これは今までの経験的にも手応えがある。

楽しみ。

京都大学学術出版会から珍しく映画の理論書の新刊が出ていたので購入。
「ダイナミック・フレーム」元は2019年刊行らしい。
アメリカの研究者の著書。
題材は割と古いオーソドックスな映画が多いようなので判りやすそう。

髪を切る【2026年05月31日】

とにかく忙しくて気力もなく伸びた髪の毛をしばらく放置していたのだが、隙を見て切ってもらった。
もう10年くらい近所の美容師のお兄さんに切ってもらっている。

世間話で次来る時は暇になっているはず、と毎度話しているのにここしばらくは行く度に同じこと言ってるね、と状況の変わらなさを笑って話す。

5月末でこの暑さというのは、間違いなく今年も猛暑。

そのお兄さんは部屋でクーラーなしで過ごしているようで、どこまでいけるかなーと笑っていた。
パリやら北海道やらエアコンの必要なさそうな場所でも、あまりの暑さに設置が必要になりそうだとか。

日本は亜熱帯になっても、暑いのが嫌いではない私としてはそれはそれで良いのだが、家の作りから何から変えないとやり過ごせなくなるのだろうか。

暑さ、寒さが厳しくなると訃報が増える。
また業界の人が若くして亡くなった報せをSNSで見かけた。

自分も無茶な働き方をしている自覚はあるので他人事ではない。
が、まあ健康に気を使い過ぎてもそれはそれで神経をすり減らしそうなので、気楽に生きることに注力することとしている。

もう1年以上も自分で選んだ映画を見に映画館に行っていないので、何か見たい映画を見繕っておきたい。
暇な時に限ってみたい映画がなかったりもするのだが…。

これから梅雨に入るので、植物たちも夏が苦手なものは風通しを確保し涼しく過ごさせるためになるべく短くカットして、日陰に移動した。

しかし5月は園芸店にも行けず、園芸作業はほとんど何も出来なかったので夏咲く花はあまり無い。
エキナセア、まだ売ってるかな?
苗で夏を来させるのは、去年失敗したのだが、それでも1つくらいチャレンジしてみたい。
水捌けの良い土を作るのが肝だろうと思うので、自信はある。

私も髪を短くして、なんとか暑さを乗り越える準備を整えていく。

寒暖差が激しい【2026年05月25日】

前回が9日の投稿だから2週間ちょっとぶり。

もう何をしたのか忘れそう。

ほぼ仕事しかしていないから忘れることもないか。

先週末はロロの新作「ウルトラソウルメイト」を観劇。

友達の死は、なんとも不思議な感触で残っていて、しばらく会っていなかった友達などは特に実感も乏しく、しかし便りがこなくなったりすることでふんわり実感していく、のはみんなそんなものなのかもしれない。

近かった人は少し疼くような傷として残っている。

亡くした友達は今となっては自分よりみんな若く、日に日に歳の差は開いていく。
どうすれば生きていられたのか、考えても詮なきことであるし、生きてりゃ幸せというわけでも無かったかもしれない。

が、彼らが見られなかったものを自分が見ていたり出来たりしているのは幸福だと思っている。あの世への土産話としても積もろう。

帰りに内古閑さんと少し呑んだ。

夜はフクタケさんのお誕生日会へ。

80年代のアニメソングをたくさん浴びる。
祝いに来ているのか、こちらが祝われているのか分からない。

80年代には産まれてもいない若い人も楽しんでいて、それは楽しい。

久しぶりの酒で、いい気分になった。

Bar OPKは江口寿史も来るとか。

次の日は引っ張りまくっていた他人の作品の絵コンテをアップした。
さすがに自分でもどうかと思うほど、引っ張ったが、どうも体が重くて何をやるにも時間がかかる。

仕事はまだ山積み。
デジタルでの効率化を真剣に考えないと無駄に時間がかかっている気がする。
ひとりで、どうか出来るものでもないのだが。

とくにタイムシートの処理を効率化できれば大幅に時間短縮できる気はしている。

どこかのアニメーター?がタイムシートの作成ソフトを作っていて良さそうな感じだが、まだ触る時間がない。
調べるとOpen toonsもクリスタフォーマットのタイムシートソフトを作っていた。

今はクリスタで画像データとして扱っていて原画番号などは手で書いているんだからデジタルといってもデータの送受信、管理の部分だけで作成は超アナログ。

口パクの合わせは最近細かい合わせを求められるが、シートの書き直しが非常に面倒で何とか楽にしたい。

手持ちの仕事をさっさと終わらせて、来月でも少し触れると良いのだが。

黙々と【2026年05月09日】

ゴールデンウィーク終わり。
この時期に休んで遊びに行くわけでも無いのだが、普通に街の中は人が多いので日常が戻ってくるのはありがたい。

晴れた日は、もう夏の気配がするような気温。
植物の水切れも早い。

今週はオケカツとオンライン編集で出かけたくらいで、ほとんど篭って仕事。

今週カンパけた話の演出はアニメーター上がりで、まだ20代の若人。
今回が初めての20分尺の演出とのこと。
コンテは私。
とはいえアニメーターとしての腕前はなかなかなもので、彼のおかげで随分作画は持ち上がっていると思う。
かなり身を削って仕事をしていたので、やや心配だったが、出来は初演出としては十分だろう。
ベテラン演出の腕の衰えを感じる中、やはり若さは偉大だなという気にさせられた。
彼は作画オタクで、どこからか手にれた原画や線撮りを見せてくれるのだが、それに反応していると結構作オタなんですね、SNSなんかでそういう話をしていないから意外、というようなことを言われた。
確かに。
作オタというほどアニメーターを知っているわけでは無いけれども、世代的にアニメ雑誌などでアニメーターがアイドル的に扱われていた時代を過ごしてきたし、絵は好きなので、仕事上必要でもあり、ある程度の情報は知っている。
しかし、今の自分の仕事の嗜好は緻密な作画に興味は無くなっていている。
だからと言って、酷い作画がでも気にならないというわけでも無いのだが…状況は芳しく無い。

部屋に住み着いている三毛猫が、最近やたらと膝の上にのりたがるというか、側にいたがる。
以前からご飯を食べるときに私を呼んで、床に座り込んで横にいないと安心して食べてくれなかったのだが、特にご飯が食べたいときでなくとも呼ばれることが多くなった。
床に座ると膝の上にのってそのまま寝てしまう。
もう老猫なので、あまり無碍にするのも気の毒でしばらく動けない。
仕方ないので本を読んだり、スマホを眺めて時間をつぶす。
私も老いると人恋しくなるのだろうか。
もともと野良の子猫で家に引き入れてからでも半野良みたいに長いこと人に懐かなかったのだが、ここ数年で私には随分慣れてくれて病院にも連れて行けるようになった。慣れてからは寧ろ、人がいないと寂しいらしく激しく呼ばれる。
仕事が捗らず、うるさく感じることもあるが、快適な老後にはしてやりたいものだ。

アリが家の中に侵入してきていた。
どうも壁の隙間から出入りしているらしい。
仕方ないので、アリを退治する薬剤を庭に仕込んでいると、裏の家から「おかあさん!」「うるさい」「おかあさん!」「うるさい」「(泣く)」という母娘の会話が聞こえてきた。
文脈もわからないし聞いている感じ虐待ではないのだが、子供が気の毒には思えた。
昭和であれば日常風景なような気もする会話だが、京都で子供が殺されたりするご時世、景気が悪くなったり世の中余裕がなくなると弱いものに、ストレス発散の圧力が加わるのは世の常。
自分の老猫への扱いを思い出しつつ、これからまた子供が災難を被る時代が来るかと思うと、少し憂鬱になった。
多少なりとも世の憂さを晴らす道具としての娯楽は求められているかもしれない。