月: 2024年6月

  • お仕事ヒーリング【2024年06月22日】

    お仕事ヒーリング【2024年06月22日】

    東畑開人「野の医者は笑う」をザーッと読んだ。
    面白い。
    東畑の沖縄在住時代に沖縄の様々なヒーラーについて調べた話でとても軽い筆致で書かれているので異常に読みやすい。
    そして登場する人たちが皆んな魅力的だ。

    「野の医者たちは癒す機会を欲している。そのことで自分自身が癒やされるからだ」

    果たして自分も半分ヒーリングのために仕事をしているように思える。

    かつてアニメに癒されたように他人を癒したい、他人を癒すことそのものが自分の癒やしにつながっっていると言う訳だ。

    いろんな仕事であるあるの話だと思うが、実際アニメ業界のクソ安いギャラで皆んなが作品を作り続けてきた原動力は自分自身への癒しの効果に他ならないのではないだろうか。そう思うと色々と合点がいく。

    庵野秀明もエヴァは自分と皆んなの癒し(金儲けとかも含めて)のために作った、みたいなことを話していた。(だが、さらに鬱が深まったとも言っていた)

    作っている最中は、いつもこんな面倒なことやってさらに金も儲からなくて何でこんなことをやっているんだと思うことは1度や2度ではない。が、出来上がった作品が案外良くできていたりするとすぐに忘れてしまう、とまでは言わないが怒りがスーッと冷めていってしまうようなことはある。

    癒し効果が絶大だったからこそ、労働環境が何十年も蔑ろにされ続けてきたと言う側面もあったのではないかと思わざるを得ない。

    90年代あたりまではアニメ文化は作り手も受けても若者が担っていた。
    だからこそ、そのような状況で耐えられたのかもしれない。

    しかし、作り手たちはどんどん歳を取り、仕事の癒しの効果も劇的に低下しているものと思われる。
    アニメ業界・高齢化問題は非常にやばいと思う。
    やばいからといってすぐにどうこうなるものでもなく、アニメ業界のでだけの問題でもない。

    明日はJAniCAの総会。JAniCAは多少なりとも労働環境の改善に果たした役割は大きいと思うものの、時代の変化のスピードは上がるばかりで全てに対応するのはとても難しい。

    本の中に出てくる野の医者たちの多くは、困難な人生を生きている。そこには何か共感するものがあり、愛おしくもなる。

  • Hard days【2024年06月17日】

    Hard days【2024年06月17日】

    先週も黙々と仕事。
    とある会議で雑談中、北米で受けてるアニメが日本と違い過ぎるという話。

    ファンタジー系、ジャンプ系は根強い人気で、日本ではあまり話題にならないアニメが
    配信などの上位に食い込んでいるとのことでランキングを見せてもらいつつ、なるほど。

    国が違うんだから、そりゃあ人気作品が違うのは分かるのだが何が受けているのか皆んな肌感で
    分からない。
    アニメも漫画も、かなり海外のマーケットが大きな割合を占めるようになった今、クリエーターが
    感覚的にお客さんの面白がっている勘所を掴めないというのは宜しくない。

    しかし、ファンとコミュニケーションを持つ機会もなかなか無い訳だしどうしたものだろう。

    マーケットが拡大していけば、良くも悪くも共通言語は増えていくのだろうけど、どこまでいっても
    根本的な文化は違うわけで。
    ハリウッド映画のように巨大なマーケットができたとしても、今海外映画が振るわなくなっている
    ような状況になることは、いつでも考えうる。

    よく分からないけど受けている状況というのも、それはそれで面白くて分からないままでいた方が
    面白いかもしれない。
    文化は平気で国も人種も超えていく。

    最近人気になった某ちょいエロアニメのグッズを中国のファンが大量買いしていくらしいが、彼らは母国の税関を通れるのだろうか。おたくのエネルギーは、どこでも変わらない。

    セクシー田中さん問題についても色々話したり…。

    原作とアニメ現場で概ね上手くいっているところが多いとは思うのだが、上手くいっていないところもやはりあるようで。

    なにはともあれ楽しく仕事が出来るよう願うばかりだ。

    仕事の話はすぐ終わった。

  • こころ【2024年06月10日】

    こころ【2024年06月10日】

    夏目漱石の「こころ」を仕事絡みで読んだ。
    恋愛のもつれで友人に自殺された男が心を釘付けされていた、という話。
    心が釘付けで体が動かないというのはよくわかる。

    まだ読み始めてばかりだが、伊藤亜沙の「体はゆく:できるを科学する」は心を体が超えてゆくという話。

    体が超えていくというのは、歳を食って分かるようになった気がする。
    意識していることしか出来なかったら新しいことは出来ない。出来るようになるというのは体がひょいと動くようになってしまうことで、それとテクノロジーの関係というのが、この本の肝らしい…まだ読み始めたばかりなので良く分かっていない。

    心と体のバランスで人は進んでいく、というのはそりゃそうなのだろうけど、大体の人間はどちらかに偏っているから上手くいかない。

    私は、どちらかというと頭でっかちで体が動かない派だった。
    けど、歳を食って少し変わった気はする。別に運動するようになったわけではない。

    絵を描くにしても体を動かして分かることが随分ある。
    逆に動かしてみないと分からないことが沢山ある。

    もう少し若い時に、こういうことに気づけていればね、と思うけど、そしたら違う人生だったんだろう。

    今は気楽に体を動かそうと思えるので、昔よりやりたいことが増えたかもしれない。
    もちろん人生はもう長くないので凄く何かが上手くなったり、することはない事は分かっているのだが年老いた体なりに楽しめることは色々あろうと思う。

    夏目漱石、あまり読んでないし、とてつもなく久しぶりに読んだが、文章の読みやすさに驚きを感じた。

    そして53歳になった。