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精巧さ

もうあまりハイファイとか高解像度、高品位みたいなものに興味がなくなってきたのかもしれない。歳なんだろうなぁ。何せ映画館でスタッフロールの文字も読めないし。

綺麗に作ることだけで面白く見せ切るというようなことも可能だとは思うが、あまりに他の要素とのバランスを欠いているとつらい。あと誰に向かって語っているのか見えづらい作品も見ていられない。

この間、仕事の資料で読んだ小説はシンプルで面白いがリアリティのあまり無いアイデアを語り口で読ませ切っていた。なかなか上手くいくものでは無いので感心した。

一方、ある作品を見て技術はとても凄いのだが誰に向かって作っているのか分からなかった。

それは単に私には見えなかったというだけであるかもしれないが、対象でない観客にもある程度、対象の観客が見えないと娯楽としては難しいのではなかろうか。

小説の方は若い書き手が、自分の近い世代に向かって自分の面白いと思うものの熱量を上手く技術で昇華して作られていたのだろう。

歳を食うと若い観客との距離は開いていく。

アニメは主に30代くらいまでの若い観客に向かって作ることが多いので、作り手は40代を超えたあたりからの観客との距離をどう考えるのかというのは課題だ。

別に年齢に限らず観客と自分が一致するなどということは殆ど起こらない事ではあるのだが。

いくら精巧でも受けっ取ってくれる観客がいないと意味がない。

精巧に作るのであれば、その土台をよく考えないと只の徒労に終わるだろうと思う。

精巧さだけで見せ切る作品は特に長尺では難しい。

かといって土台をどう作るのかというのも、途方に暮れる様な仕事である。

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