ゴールデンウィーク終わり。
この時期に休んで遊びに行くわけでも無いのだが、普通に街の中は人が多く鬱陶しいので日常が戻ってくるのはありがたい。
晴れた日は、もう夏の気配がするような気温。
植物の水切れも早い。
今週はオケカツとオンライン編集で出かけたくらいで、ほとんど篭って仕事。
今週カンパけた話の演出はアニメーター上がりで、まだ20代の若人。
今回が初めての20分尺の演出とのこと。
コンテは私。
とはいえアニメーターとしての腕前はなかなかなもので、彼のおかげで随分作画は持ち上がっていると思う。
かなり身を削って仕事をしていたので、やや心配だったが、出来は初演出としては十分だろう。
ベテラン演出の腕の衰えを感じる中、やはり若さは偉大だなと気にさせられた。
彼は作画オタクで、どこからか手にれた原画や線撮りを見せてくれるのだが、それに反応していると結構作オタなんですね、SNSなんかでそういう話をしていないから意外、というようなことを言われた。
確かに。
作オタというほどアニメーターを知っているわけでは無いけれども、世代的にアニメ雑誌などでアニメーターがアイドル的に扱われていた時代を過ごしてきたし、絵は好きなので、仕事上必要でもあり、ある程度の情報は知っている。
しかし、今の自分の仕事の嗜好は緻密な作画に興味は無くなっていている。
だからと言って、酷い作画がでも気にならないというわけでも無いのだが…状況は芳しく無い。
部屋に住み着いている三毛猫が、最近やたらと膝の上にのりたがるというか、側にいたがる。
以前からご飯を食べるときに私を呼んで、床に座り込んで横にいないと安心して食べてくれなかったのだが、特にご飯が食べたいときでなくとも呼ばれることが多くなった。
床に座ると膝の上にのってそのまま寝てしまう。
もう老猫なので、あまり無碍にするのも気の毒でしばらく動けない。
仕方ないので本を読んだり、スマホを眺めて時間をつぶす。
私も老いると人恋しくなるのだろうか。
もともと野良の子猫で家に引き入れてからでも半野良みたいに長いこと人に懐かなかったのだが、ここ数年で私には随分慣れてくれて病院にも連れて行けるようになった。慣れてからは寧ろ、人がいないと寂しいらしく激しく呼ばれる。
仕事が捗らず、うるさく感じることもあるが、快適な老後にはしてやりたいものだ。
アリが家の中に侵入してきていた。
どうも壁の隙間から出入りしているらしい。
仕方ないので、アリを退治する薬剤を庭に仕込んでいると、裏の家から「おかあさん!」「うるさい」「おかあさん!」「うるさい」「(泣く)」という母娘の会話が聞こえてきた。
文脈もわからないし聞いている感じ虐待ではないのだが、子供が気の毒には思えた。
昭和であれば日常風景なような気もする会話だが、京都で子供が殺されたりするご時世、景気が悪くなったり世の中余裕がなくなると弱いものに、ストレス発散の圧力が加わるのは世の常。
自分の老猫への扱いを思い出しつつ、これからまた子供が災難を被る時代が来るかと思うと、少し憂鬱になった。
多少なりとも世の憂さを晴らす道具としての娯楽は求められているかもしれない。
