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偶然について【2024年01月08日】

なんで今と考えても、ほとんど単なる偶然で、もし自分の身に降り掛かっていたら詮無いことと分かっていても、それでも因果について考えてしまうのだろう。

私はたいした厄災を経験したことはないけれど、いつ自分がそこにいてもおかしくないし家の猫たちを見ながら少しは準備をしておかねばと思いつつ後回しにしてしまう。

準備といっても何をすれば良いのやら分からないし、猫を4匹連れて避難所へ行くのはひどく現実味がないなと思うと考えるのが億劫になってしまう。

私の仕事部屋に同居している猫は元野良でほとんど私にしかなついていない。果たして大人しくケージに入ってくれるかだろうか?

なんとか家が倒れずにいたら心中の覚悟で猫としばらく生きていけるような準備をしておくくらいが関の山かもしれない。

突然の不幸に見舞われるというのは、自分の身には未だ大きなことは起こってくても、長く生きていれば皆んななにがしか近しい人に起きた経験をするだろう。

私が思い出すのは、子供の頃に絵を教えてくれていた先生のことだ。

その人は広告会社の看板書きで自分の子供と近所の子供を集めて絵を教えていた。

ある日、自分の個展を開くのでその準備をするのだということで意気揚々と仰り教室は休止となった。

しばらくして、先生が仕事で高所での作業中足場から落ちたというニュースを地元の新聞の小さな記事で見ることとなった。

一命は取り留めたが体は、ほとんど動かなくなった。

自分が元気で仕事をしているだけで奇跡のような気がする。

先生はその後も口で筆を咥えて絵を描かれていた。

全てはたまたまでしかないのだろうけど、偶然と向き合うのはなかなかしんどい。

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