5年【2026年02月23日】

週末はアイカツプラネットの5周年記念のライブに参加。

プラネットは実写+アニメという変わった趣向で作られた。
何度も色んなところで言ったり書いたりしているが、私に話が来た時は何で?無理でしょと即答で断った。何せ実写に関しては素人なのだから。
それが何やかやと巻き込まれ、しかし終わった時には非常に面白い経験をさせてもらったと思った。

当時はコロナ禍真っ只中で、ライブなどとてもできる状態ではなく、せっかく顔出しの仕事をしている演者で作っているのにその真価を活かせる機会は少なく、こちらも申し訳ない様な気持ちだった。
不遇な作品であったと思う。

5年経って小規模とはいえ当時のメンバー(2人欠けてはいたが)が集まってくれたのは非常に嬉しい。
皆んな元気そうだったのも何よりだ。

ライブ中当時の映像が流れていたが、自分が本当に関わっていたのだろうか?という不思議な思いがした。実際、実写パートの撮影には付き合っていたが特に役に立つこともできなかったので半分お客さんの様な気分があるのかもしれない。

音楽も懐かしく夢見心地に聞いていた。

急に暖かくなってきた。

3月後半までは、また寒くなることもあるだろうが春を感じられて嬉しい。

芽が出ないかと思っていたアネモネ・ラナンキュラスも芽吹きそうだ。

寒さで枯れてしまった植物もあるので、少し足したい。

先週見た9話のラッシュは非常に良かった。

演出の頑張りが出ている。

ストリーボード作成で学ぶ演出(のための準備)【08】ステラ・アドラー「魂の演技レッスン」

役者向けのワークショップを本にしたもの。

ステラ・アドラーはスタニスラフスキーに指導を受けたというので読んでみたが、メソッド演技に凄く影響を受けたというわけではないらしく、割と普通な考え方で指導していたと思われる。メソッド演技に影響は受けているのだろうが直接的には触れられていなかった。

・脚本の読み方

・見えないものも想像する。
脚本に書かれていないディティール(ものがどこにあるとか、ものの重さ固さなど)をしっかり想像することで肉体が自然に動く。

・役の(脚本に書かれていない)歴史を掘り下げて想像する

とか、脚本に書かれていないことをしっかり想像すれば肉体は動く様になる。というのがざっくり全体を貫かれている考え方。


脚本に現れないディティールをどう作るかは、やはり演出家にとってももちろん大事なので参考になった。

終わらん【2026年02月15日】

仕事が終わらん。

久しぶりに原画チェックをしている。
顔が崩れている…からちょこちょこと直しの指示を入れたりは仕方ないと思えるのだが、第2原画を請け負う人たちは多分コンテも読まず、レイアウトに入っている演出指示も読まずに作業しているモンだから指示(簡単な事も)対応が抜けていたり、誰が誰を見ているかなどを理解せずに描いている。
第2原画どころか、作画監督も演出指示読んでないんじゃないかと思う。

連続したカットでも違う人に発注したりしているし、引き絵のカットは描き手が見つからないという理由でアップだけ先に上がってくるので、繋がりを確認できない。

レイアウトで合わせてあっても、つながりで作業者が違うと作業者自身が他の素材を見られないので前後の繋がりの確認ができない。

恐ろしく効率が悪い。

これは今の仕事に限ったことではなく、数年前から中規模作品は全てこんな感じ。

賽の河原で石を積んでいる気分。

少しづつ暖かくなってきた。

ラナンキュラス・ラックスの苗を買ってあったので大きめの鉢に植えた。

去年コガネムシの幼虫に根を食われたプレクトランサスが寒さで完全にやられて枯れたので代わりに植えた。

ラックスは強いので楽しみ。
花の期間はそう長くはないのかもしれないが。

金魚草はよく咲いている。

ストックとプリムラも。ネメシアが花芽がついているが何故か咲かず。

ビオラ。パンジーはこれから大きくなると思うが鉢が小さいかも…。

この間降った雪のせいか、スーパーアリッサムの調子が悪い、というか多分枯れている。
寒さは強いはずなのだけれど。

花が咲かなかったサルビアも枯れた。

映画館へ行きたいが全く余裕がない。
ライブなども行きたいがチケットを取る気力が湧かない。
うーん、なんか行くか。

本だけ地味に読んでいる。

雪の日【2026年02月08日】

土曜の朝はあまり雪は降らず、軒下に避難した植物たちを元に戻そうかとおもっていたけれど、面倒なのでそのままにしていたら今朝はしっかり積もっていた。

結局、軒下の鉢にも結構積もってしまったが大丈夫だろうか。
本当に寒さに弱いものは避けていたはず。

期日前投票など行く暇はないので、雪の中を歩いて投票所に行ったが、あれだけ積もっていると老人歩くのはしんどいだろう。

最近の制作はとにかく監督に確認を取りたがる(そう教育されているのだと思う)
監督に確認をいちいち確認とっていたら制作が停滞する。

昔は好き勝手にやりたいという人も多かったし、わりに各話のスタッフに自由が許されていたので、さすがにしくじると怒られそうな案件以外はなるべく監督を通さないという現場も多かった。

最近は作品の作りが全体に几帳面になってしまったのと、12、3本の短いシリーズが多くなってしまったため各話のスタッフが作風や全体像を把握しきれず監督に聞かないと怖くて進められないというのもわかる。
原作などクライアントの意向を監督を通して確認するようなことも多い。

それにしても、同じ様なことを何度も聞かれたりするのはいかがなものかとは思う。

監督なんて居なきゃいないで進んでいきそうなものだが、監督業は必ず設置される。

紅茶にしますか?コーヒーにしますか?と問われて、んーーじゃあコーヒーでとうのが監督の仕事だ。自分で飲むものを決めるのは別にどうということもないが、100人の客に出すコーヒーを決めるとなれば悩むこともある。

どの豆使いますか?ブラジル?コスタリカ?浅煎り?深煎り?とどんどん細分化していけばコーヒー出すにも幾つもの決断が必要になってくる。


フレーミングすること、切断することを担う役割というわけ。


昔の舞台芸術は劇作家が演出家を兼ねていた。

その役割が分業化されたのは19世紀後半らしい。意外と最近。

電気が出来たり、舞台表現が複雑化したのが理由ではないかと言われている。


決断を担う人間は色んなところに存在している。

どんな人間だろうと皆がそいつに決断を任せるとなったら、そいつは色んなことを決断していくわけだが、何にせよ決断する人間は必要とされているのは面白い。

人間の個人の決断だって、恋愛を他人(親とか)が決めていた時代は長かった。

いまだって他人の決断に身を委ねていることは山ほどある。


監督だって他人の決断に身を委ねたい時もある。
どっちでもいいよ、と私なんかはまあ放り投げてしまうこともしばしばだが、あとで文句言われたらやだななどど思われているかもしれない。
小さな決断も沢山あれば時間がかかるもので、監督が決めなくても良いのでは?というものまで判断しているといくら時間がっても足らない。

生きるか死ぬかがかかった決断をするとなったら、そりゃあ決断にも勇気が必要であろう。
アニメ作っている人が死ぬ、ということも滅多にない。
過労とかでスタッフが倒れないようには気をつけねばならないけど。

政治家は生き死にがかかった様な決断を迫られる場面もあるわけで、それはしんどいだろう。
しんどさに鈍感か、余程の使命感に駆られた人間だけが、その決断をになえるのかもしれない。

そんな決断をする人間を選ぶ決断をして投票箱に紙を滑り込ませる。

映画館へいきたい【2026年02月02日】

月末は1月二度目の行政がらみの会議。

会議といっても1時間半しかないので、各所報告とごく簡単な質疑応答のみで終わり。

久しぶりの知り合いに出会い、おーっと歓声を上げる。


寒さが戻って、外に出るのも面倒ではあるのだが面倒以前に仕事が終わらず家に篭りきり。
映画も一体いつから観ていないのやら。
近所の映画館にいくのすら憚られる。
春までは黙々と仕事をするしかないか。

ハサウェイは映画館で見ないと絶対見ない気がする。
暗いから。

SNSでは皆ハサウェイについて語っている。
しかも演出など技術的なことについて。
画がすごいのは、そうなのだろうけど。

とにかく映画館へは行きたい。

昔、渋谷にあったパンテオンで映画の上映前にラッパーのIce-Tが挨拶したいといって突然スクリーンの前に登場するという出来事に遭遇したのだが、いったい何の映画だったのかタイトルが思い出せずにいた。

ほんとにIce-Tだったのか?も怪しい記憶になりつつあったが、キアヌリーブス主演の「JM」を観に行った時に違いないと先ほど分かった。

彼が確かに出演しているし、パンテオンで見た記憶がある。

戸田奈津子が通訳で付き添っていた。

しかし、その時来ていた客はあの広いパンテオンに数人か、せいぜい十数人だった。

たぶんIce-Tのことを知っていた人もほとんどおらず、突然のアナウンスにも鈍い反応だったと記憶している。

詳しくは覚えていないが丁寧に感謝を述べ、さらっと去っていった。
なんだか申し訳ない様ないたたまれない気分になった。
客入りの悪さは映画の出来を考えれば致し方ないと思う。

マトリックス以外はパッとしなかったキアヌもあの頃の微妙な扱いに比べたら随分と人気が定着したし、おたく的な文化もキワモノではなくなった。

おたくは表に出られるようになった代わりに、オタク文化のアジールとしての機能は縮小している気はする。

日に当たりすぎるのも気をつけないと逃げ場を失う。

寒さは和らいで欲しい。
ラナンキュラス・ラックスの苗を買ったが寒さが落ち着くまでは植えるのを待つ。