php問題がぶち上がってたのでこのブログも更新するかーとチャッピーことChatGPTに相談しつつ軽い気持ちで始めたら、結局まる1日かかってしまった。
チャッピーの非常に慎重かつ、詳細な導きで今までほったらかしだった問題も解消されたのだが流石に疲れた。
疲れ知らずのAIの手先として働くのはしんどい。
ブログの見た目は何も変わらないのだが、まあひとまず終わった…。
AIの凄さも思い知った。
コンピューターにはほんとに強いね。
月: 2026年10月
植物・読書日誌【2026年10月18日】
ニューサイラン・チョコレートクッキーという長めのリーフの根っこがコガネムシの幼虫に食い荒らされていた。
風で鉢が倒れた時に、株が傾いていたので引き抜いてみたら根っこがごっそり無く、幼虫たちがゴロゴロ出てきた。
ほんとに何でも食べるんだなぁ…と、リーフなんて食べないかと思って油断して薬は撒いておらず甘かった。
強い植物なので枯れはしないと思う。
晴れの日が続くので水が結構切れる。
シルフィニウムは大きな鉢に植え替えて調子は良さそうだが、あまり深い鉢では無いのでもっと深い鉢を買わないとすぐに根が詰まりそう。
ユーカリも流石に切らなくては。
伊藤亜紗「身体の美学入門」
こないだ読んだ「ブラック・カルチャー」とテーマが結構かぶっていた。
身体が感じるものは因習みたいなものから自由だとは限らない、というのは精神分析の超自我みたいな話。
それを超越していくのが本書では「うっとり」と表現されている快楽的な感覚だというのは音楽だったりに身を委ねるということで、なるほど面白い。
身体から噴き上がってくるもの、それが社会的に刻み込まれた感覚であれ、そうでないものであれ、それと向き合わないと仕方ない。
総理だろうが大統領だろうが、そこから逃れられない。
ストリーボード作成で学ぶ演出(のための準備)【11】セリフの取り方
演出講座が進むたびに課題が見えてくる。
自分が普段日常的にやっていることを教える課題として意識し直すには、教えてみないと分からない。
今回作ったコンテ撮にセリフ入れてみた。
コンテ撮にボールドを打ってもらったのだが、ブレスの取り方も何も教えてなかったので息継ぎ多かったり少なかったり、カットいっぱいボールドが引いてあったり、と様々。
普段は皆んな制作をしているわけで比較的コンテ撮など線撮りの動画は見ていると思うのだが、実際やってみると出来ないわけで、やはり体験は大事。
カットのつながりでセリフのテンポを作ったり、流派はあると思うけど編集の「のりしろ」の考え方とか、教えないとまあ分からないよな。
教えるというのは知らないことを教えるというより、普段目にして知っていることをあらためて意識させるということで、手品の種明かしに似ていて知って仕舞えば「なるほど」とわかった気になるのだが実際やってみるとそこには感覚的なものも絡んでいて、簡単に出来なかったりはする。
セリフを取るのは演出の大きな仕事でとにかく量がある。
実際の仕事を教える時に、セリフの取り方を教えるところからかなと思い始めた。
・セリフの取り方
・レイアウトと幾つかの基本的なアニメーションの表現技法(PAN、フォローなど)
・歩き、走り
・上記、それぞれのタイムシートの付け方
撮まに書いてある技法くらいはさらいたい。
いまはどこからどこまで教えたらいいか、限られた時間の中で教えられるかも手探り。
ただ3ヶ月ほどやって教えたことは響いているのは間違いない。
本当にざっくりと演出の基本の「き」みたいな話には触ったが深掘りは全く出来ていないし、理論は観念的なこともあるので実際とすぐつながらない。
今後は具体と理論の両輪で進める。
1)絵コンテの方で理論と語りの実際。
2)演出(処理)の方で実際のアニメーションの技法や編集など映像表現の技法
と大まかに分けて教える。
やっているうちに、また方針の変更が必要になりそうだけど、とりあえずこれでしばらく進めてみる。
以下はメモ
【セリフの取り方】
1)読点、句点の扱い
句点「。」は間が必要。セリフによるが12コマ〜1秒以上、話題の転換や心情の変化、言い淀み、様々な理由はあれど間が生まれる箇所。
観客にセリフの意味を飲み込ませるための役割も担う。
読点「、」
文章中の小さな意味の変化・つながりを分かりやすく場所だが、息継ぎの間が必要な時といらない時がある。
書かれた文章で見ている時の読点は視覚的に意味をわかりやすくするために使われる時があるため、そういう使い方の「、」は声で読む時は無視できることも多い。
意味の変化、つながりを分かりやすくするため、あるいは心情的・身体的な理由(息が続かない)で切る必要がある場合に息継ぎが必要。
ボールドを作る場合「間」は6コマ以上でないと意味がない。
1秒間に24コマの映像の場合、日本語は3コマで一文字にあたると言われていて実際だいたい当てはまる。
なので3コマの間は視覚上は存在しないのと同義だ。
あくまで視覚上は。
2)カットごとのセリフのつながり
1人の人物が話していることがカットを跨ぐことはよくあるし、2人以上の会話がカットを跨ぐことも当然ある。
その場合、1カットごとにセリフの間を見ていても会話は作れない。
カットを超えて会話の間を考えないと成立しない。
3)声を当てた後
実際に声を当てた時に、演出家の考えたセリフの尺とずれていることは多い。
その場合、音響は尻合わせでセリフを置くことが多い。
線撮りなんかでボールドを打ってある場合、一人の人物の一連のセリフの一番最後に合わせてセリフが調整される。
私は頭合わせでカットの間を考えるのだが、今は色付きでアフレコすることもほとんどないので、気になったら後でダビング前の編集やダビングで調整する。
こんなことも教えなきゃね。
晴れつづき【2016年10月10日】
アイカツ!のゲーム筐体が動き出し、アンコール放送も始まった。
14年。
流石に長いね。
もうゲームチームもアニメチームも立ち上げから関わっていた人はほとんど残っていないはず。
私もそんなに触れてない。
子供ができて、子供と一緒にゲームをやったりアニメを見たりという人もいる。
感慨深い。
それぞれ違う仕事してたり偉くなったり変わらなかったり。
会えば当時の気分に戻る。
元気でいればそれで良い。
当時は子供だった女の子たちが遊びに来てくれているようなのも嬉しい。
散財しすぎないでね。
どうもここ数日は疲れがどっと出たのか体調悪く、筐体の様子も見に行けてない。
当時は忙しすぎてできなかったゲームを少しは遊びたいのだが、随分並んでいるようなのでしばらくは無理なのかも。
アニメを作っている当時はゲームとアニメ同時進行でゲームの理解を深めるためにもということで筐体がスタジオに1台置いてあった。
だが、皆んな忙しいのでなかなかあそびチャンスはなかった。
プラネットの時もコロナ禍もあってスタジオに行く機会があまりなかったし、スタジオの筐体では遊べなかったが、通信もできてランキングなんかも反映できるようになってたはず。ただ、プラネットの時はゲームセンターで遊ぶ余裕があった。
スタジオ内ゲーム大会でもやれば良かった。
新しく作ったオープニングのアニメーターは馴染みの人、ご新規さんと様々。
作監やぐちさんと対面で会ったのは10年ぶりとかだろうか。
10thの時はまだコロナを微妙に引きずってたしオンラインのやり取りしかなかった。
絵は当時とは随分変わったと謝られたが、私も含めて当時と同じことはできるはずもない。
原画は菊池くん担当のいちご、りんごのwake up my musicのあたり(飛び飛びに何箇所か担当していて一番数多く持ってもらっている)宮原くんのユリカ、かえでのカット。某有名アニメーター(ノンクレジット)のさくらのパート、そのあたりが見所。
*追記:冒頭は宮谷里沙さん神!
なにをやろうか迷ったけど、今までのオープニングオマージュ的なものになってしまった。
全然違うことやってもねぇ…。
何と無く20周年さえも見えてきて、ちょっと驚く。
その時は61歳かな。
生きてるんだろうか?(笑)
お酒も次の日にだいぶ響くので祝杯をあげるのも若干躊躇する。
当時の設定制作(今は超偉い人)と会ってご飯を食べたが、しゃべっている分には当時とあまり変わらない。
学生の頃の友達みたいな感じ。
ゲームが調子よければまたアニメが作れたりするのかもしれない。
私は遠くから見守る係。
10月【2026年10月07日】
怒涛の9月を乗り切った。
乗り切ったといえるのか?も怪しいが、流石に疲れた。
火消しの仕事は若者の方が適任だが火を消せる若者がいない。
往年の腕が多少なりとは残っている確認にはなった。
はて、雨続きの9月だったが、ようやっと晴れの日が続くようになり植物も少し落ち着いてきた。
寒くなってくるので盛大に成長するものは少ないが、新芽が吹いているものもあり花も咲くものは咲き始めた。
晴れているうちに植え替えや、邪魔な木を伐ったりしなければいけない。
今日は一旦寝たものの、猫に起こされそれきり眠れず。
無理に寝るのもしんどいので本を読んだりこれを書いたり。
中村隆之「ブラック・カルチャー」を読み終えた。
奴隷取引の歴史から始まるブラックカルチャーを概観し読み解いてくれている。
音楽に関する記述も多く知らないミュージシャンの名前も多数あって楽しい。
ディアスポラ離散の民という感覚は島国にいると分かりにくい。
黒人奴隷はディアスポラというにもあまりにも遠い土地へ連れて行かれているが、土地を追われるということは今でも起こっているのであり、大陸に住んでいれば他人ごとではないように思われる。
ブラックカルチャーが白人文化と混ざり合ったり様々に形を変えながら広がっていった、その「混ざる」はとても面白いし希望に思える。
急激に混ざると熱を発するることもあろうが、混ざる可能性があるなら積極的に混ぜてしまえ。
混ざることが出来ないからなのか混ざる過程の発熱なのか、苛烈な化学反応は避けたいが。
ヲタク文化は世界と混交しようと広がり出ている真っ最中だが、どこでどんな形で発熱
や爆発が起こるのだろうか。
レプリカが終わってからも結局映画は全然観に行けていない。
今月は多少なりとも見られると良いのだが。
やることは山ほどある。
